調査研究期間:平成5年10月1日~平成6年3月31日
- 調査研究体制
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野見山一生: 栃木産業保健推進センター所長
浜口 伝博: 東芝柳町工場産業医
高橋 博樹: 東芝横浜工場産業医
堀江 正知: 日本鋼管京浜保健センター産業医
調査研究結果の概要
1. はじめに
高度経済成長の中で、著しく悪かった有害作業環境が改善されてゆくとともに、産業保健活動に対する社会のニーズも多様化してきている。こうした社会環境のなかで、産業保健活動がカバーする領域も拡大、発展してきている。しかし、産業医活動の経済的効用に関する研究は殆んどなかったので、今回は、「産業医活動が活性化すると労働災書や医療費が低減するか否か」を中心に、産業医活動の経済的効用を調査した。
2. 調査方法
京浜地区にある同一電機機器製造メーカーの2事業場(A事業場、B事業場)の作業者を対象者とした。A事業場の作業者数は正規社員、関連会社の作業者をあわせて約4,600人、B事業場は約5,000人である。また、事業内容はともに開発、設計、組立、金属加工等で、両事業場の製造業態に大きな違いはない。A事業場では、最近、専属産業医が30歳代の産業医に交代し、昭和63年度より本格的な産業保健活動が展開されている。一方、B事業場では、70歳代の専属産業医が長年勤務していたが、その活動は診療行為が主であった。
そこで、A事業場とB事業場における昭和63年度から平成4年度までの勤労情報、労働災害発生情報、医療費情報を比較分析し、産業保健活動活性化の影響と経済的効用を研究することにした。勤労情報は社内勤労課の「勤労統計月報」、労災情報は「事業場安全衛生年報」、また、医療費情報は当該事業場の「保健統計表」より得た。なお、B事業場の昭和63年度分の医療費統計は入手できなかった。
3. 調査成績
- 新規労働災書発生件数(図1)
産業医活動が活性化したA事業場ではこの5年間に休業災害は1件も発生していなかったが、産業医活動が低迷していたB事業場では4件の休業災害が発生していた。また、A事業場では新規労働災害発生件数が下降傾向を示したが、B事業場では改善は見られなかった。
- 年間疾病件数と年間医療費
健保被保険者1人当たりの年間疾病件数には、両事業場に差は見られなかった。
年間医療費の検討に当たっては、泌尿器系疾患、歯科疾患、耳鼻科疾患、流産、妊娠・産褥合併症、交通災害による障害、その他の事故、中毒後遺症等に関わる医療費は過去5年間の産業保健活動の成果が反映され難いと考え、これらの医療費を全医療費より除外した。被保険者1人当たりの年間医療費(図2)は、産業医活動が活性化したA事業場で医療費が増加する傾向がみられた。
- 欠勤率
産業医活動が低迷していたB事業場では年次欠勤率に大きな変化はみられなかった。産業医活動が活性したA事業場では年次欠勤率に却って増加した。
- 疾患別医療費
産業保健現場でよく遭遇する糖尿痛、高血圧、貧血、精神疾患などの疾患は健康診断、健康管理の主たる対象疾患でもあり、健康管理活動の有益な評価資料になると考え、別個に、平成元年度と平成4年度の医療費を比較検討した。また、精神疾患については産業現場での対応の重要性が年々高まってきており、対応効果の評価を行うためにも取り上げた。また、医療費の年次変化を理解しやすくするために、平成元年度の医療費を1とした平成4年度医療費の増加率として示した。また、医療費の年次変化を評価するための指標として、各事業場における「被保険者1人当たりの当該疾病医療費」と「当該症例1人当たりの医療費」を同時に表示し、その変化状況を観察した。
糖尿病(図3)についてみると、A事業場では、被保険者全体の医療費は1.21倍と増加しているにも拘わらず、症例一人当たりの医療費は0.91倍と低下傾向を示している。「総医療費が増加している」という事実は、糖尿病患者が増加しているためと考えられる。総医療費の増加は、患者の病状が進行している時にも起こりうるが、症例一人当たりの医療費が低下しているので、患者の病状は以前より早期型または軽度型の糖尿病になってきているものと考えるべきであろう。
高血圧、貧血についても、産業医活動が診療活動に止まっていたB事業場では全体としての医療費の増加と1症例へのコストとが同程度の増加を示しているのに、産業医活動が活性化したA事業場では症例1人当たりの医療費は全体の医療費の伸び率をはるかに下回っていた。
4.考 察(省略)
- 産業保健活動の活性化による労働災害減少
- 疾病件数と医療費
- 欠勤率
- 疾患別医療費
- 高血圧
- 貧血
- 精神疾患
- 産業保健活動活性化による疾病像進展の抑制と今後の展開
5.結 論
産業保健活動、主として産業医活動の活性化が、1)医療経済的な効果、また、2)作業者が罹患する疾病の内容にどのように影響するかについて、産業保健活動が活発になった事業場と産業医活動が診療活動に止まっていた事業場とを対比しながら、調査、解析した。
- 産業医活動の活性化による不休災害発生率の低下傾向が観察された。
- 産業保健活動の活発化による医療費の増加がみられた。しかし、こうした医療費の増加は、産業保健活動が2次予防を重点が置かれたために患者が多数見出され、見かけ上、医療費が増加したのであり、個々の疾病が悪化したためではないと推測された。
- 4年間の産業保健活動が未だ初歩的な段階であったためか、作業者の欠勤率を改善させるまでの影響力をもち得なかった。
- 糖尿病.高血圧、貧血、精神疾患の夫々について、医療費の面から産業保健活動との関連を分析した。殆んどの疾患で、産業保健活動の活性化とともに一症例当たりの医療費の増加が抑制されており、産業保健活動は医療経済的にも有用であることが確認された。